『持続的低密度社会を実現するための「新しい農村政策」』佐藤 一絵 氏
第53回~第57回 テーマ:農業と地域創生
第53回~第57回 テーマ:農業と地域創生
八重洲塾では、SDGs(持続可能な開発目標)について考えていきます。SDGsは地球環境や経済活動、人々の暮らしを持続可能とするためにすべての国が 2030年までに取り組む行動計画であり、17の目標、169のターゲットからなります。
第53回~57回八重洲塾では、農業と地域創生をテーマに開催いたしました。日本全体が人口減・超高齢化社会に入り、特に人口減少スピードが急な地域の活性化は待ったなしの状況になっています。地域の風土に合った農業の進化とそのリンクする産業の発展・創出は不可欠です。実践者・有識者の方々を講師にお招きし、現状と課題と今後の展望についてご講義いただきました。
第53回八重洲塾 2022年8月25日(金)
「持続的低密度社会を実現するための「新しい農村政策」」
農林水産省農村振興局 農村政策部長
佐藤 一絵 氏
「農業が地域創生に果たす役割」
元徳島県副知事 農林水産省大臣官房審議官(兼経営局)
勝野 美江 氏
第54回八重洲塾 2023年9月29日(金)
「先進技術と地域資源の活用による地域イノベーション」
株式会社浅井農園 代表取締役
株式会社アグリッド 代表取締役
浅井 雄一郎 氏
「気が付けば1/4が障害のある社員」
ユニバーサル農業~京丸園の農業/福祉/経営~
京丸園株式会社 代表取締役
鈴木 厚志 氏
第55回八重洲塾 2023年10月27日(金)
「大和証券グループの農業事業および
農業参入支援」
大和フード&アグリ株式会社 取締役
株式会社スマートアグリカルチャー磐田 代表取締役社長
久枝 和昇 氏
「地域資源を利用したサステナブルな農業への取り組み」
株式会社寅福 代表取締役
加藤 夢人 氏
第56回八重洲塾 2023年12月1日(金)
「適地適作における地域の強みと地域間連携の取り組み」
有限会社大崎農園 代表取締役社長
山下 義仁 氏
「株式会社サラが目指す「未来の野菜カンパニー」」
株式会社サラ 取締役最高執行責任者
佐野 泰三 氏
第57回八重洲塾 2024年1月26日(金)
「地域創生を目指した様々な研究事例」
オランダ・ワーゲニンゲン大学研究員
神藤 恵史 氏
「社会的要請を背景にした農場展開」
株式会社サラダボウル 代表取締役
田中 進 氏
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テーマ:農業と地域創生(第53~57回)
持続可能な食や農業、そして地球の未来のために、八重洲塾ではSDGsについて理解を深め、考えていきます。
Phase-15 Speaker
持続的低密度社会を実現するための「新しい農村政策」
佐藤 一絵 氏
農林水産省農村振興局 農村政策部長
●経歴
1969年生まれ。北海道出身。北海道大学法学部卒業後、北海道新聞の記者12年半、東京大学出版会の編集者2年半を経て、2008年4月に農林水産省に総合職の「経験者採用」1期生として入省。コメ政策、東日本大震災後の水産加工業復興対策等に従事した後、2014年~19年まで経営局就農・女性課にて女性活躍推進室長、課長として新規就農対策や外国人材受け入れ対策等を担当。コメ政策の農産企画課長、農村振興局総務課長を経て2022年6月から現職。
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厳しい人口減少という現状において、各省庁が異なる視点から展開する「農業と地域創生」において、農水省は農地転用やゾーニングなどの政策を通じて地域振興に取り組んでおり、六次産業化も農村振興局が昨年から関与している。
◆農業と行政
「農業と地域創生」というテーマですが、まさに農業が地域の基幹産業であることは今も昔も変わりませんが、今後、人口減少が不可避で農村ほどそれが加速していく厳しい現状のなかで、どのように対応していくべきか、非常に悩ましい課題だと思っています。
農山漁村の振興=地方創生・地域創生は、農水省だけではなく総務省、国交省など各省庁がそれぞれの立場で政策を展開しています。農水省でも幅広く、例えばベーシックな法制度としては、農地転用やゾーニングの農業振興地域制度、また中山間地域振興の政策などがあります。これまで食品産業振興部局が担当していた六次産業化についても、地域にとっての仕事づくりという観点で昨年から農村振興局で担当するようになりました。
◆食料・農業・農村基本法
食料・農業・農村基本法は、農業政策の憲法のような法律です。農業の一番大きな役割は、なんといっても国民の皆様に食料を安定的に供給すること。また、農業・農村には自然環境の維持や、文化や歴史の伝承の場としての多面的な機能を発揮する役割もあります。この二つをしっかりと確保していくためには農業そのものが元気で、農村が振興されていなければならない、ということをこの法律で定めています。現行法では主に第34~36条の3つで農村の振興に関する政策が位置付けられています。地域創生・地方創生にとって、農業生産基盤の整備だけでなく、合わせて農村の生活環境を向上させていくことも取り組もうと書いてあります。
また、中山間地域に関して、多面的機能の確保や特有の地理的条件不利を補うような取り組みをするというのが35条に書かれています。そして、36条は都市と農村の交流について条文でしっかり位置付けられており、都市の皆さんにも農業の重要性を理解していただけるような取り組みをしてきました。現行法は今から24年前の1999年に制定されましたが、それ以来、我々を取り巻く状況は変化しています。このため昨年の後半から、基本法の見直しに向けた議論を開始し、農村振興に関しては、例えば農福連携や鳥獣害対策など新しいキーワードを入れるかどうか検討を続けています。
食料・農業・農村基本法は、安定的な食料供給と農村振興を目的とし、現行法では農村振興政策が第34~36条で規定されています。最近では基本法の見直しを進め、新たな要素や課題に対応するための議論が行われています。
農山漁村地域では既に自然減が大きく、都会からの流入が減少しても人口が急速に減少しており、特に小規模で高齢化した集落が増加し、これが2050年には存続危機に陥る可能性がある。一方で、中山間地域では生産性が向上しており、不利な条件下でも食料安全保障に貢献できる可能性がある。農村政策では関係人口の増加や地方への応援を促進する取り組みが必要とされている。
◆農村人口の危機
人口減少について、特に農山漁村地域において厳しい点は、既に自然減の方が大きくなっているということです。平成の半ばまでは、都会に流出していく人口が多かったため流出を食い止め、都会から人に来ていただけるようにするという取り組みに意味がありました。しかし我が国においては、すでに2000年代前半の時点で社会減よりも自然減のほうが大きくなっているので、いくら都会から人に戻ってきてもらったとしても、それ以上のスピードでどんどん人口が減少していく、そういう状況で人口を増やすというのは、きわめてハードルが高い。
ミクロでは、人口が増加している市町村もありますが、マクロでみたときに、自然減が社会減を上回っているという現状を踏まえて、対処法を考えていかなければいけないと思っています。また、一般の方は農村といった時に、住人のほとんどの人が農業に関係しているというイメージがあると思います。しかし、1農業集落当たりの農家率を見ると、すでに集落では農家さんはマイノリティです。それだけ農業集落といっても農業が中心でなくなってきているっていう実情に対して、何をしなければいけないかが非常に重要だと思っています。
農業集落は全国に約14万集落あり、実はここ何十年もその数は大きく変動していません。ただ、1集落当たりの人口が激減していて、総戸数9戸以下のとても小さい集落が増えています。9戸以下で高齢化率も50%以上の集落は残念ながら存続危惧集落と言わざるをえないですが、このような集落が2050年にはかなりの数になり、そこに存在すると予想される農地27万haはおそらく誰も耕作できなくなる、集落だけでなく農地も存続危惧に陥ると想定されます。一方で、2000年と2020年の農業産出額の変化を見ると、中山間地域では産出額が微かに増えています。中山間地域という不利な条件の下、生産性が向上しているということは一つの可能性だといえます。条件が不利な場所においても食料安全保障に貢献できるような農業ができる環境づくりがこれからも大事だと思っています。
そして農村政策においては、農村の関係人口の増加に取り組みの軸足を移しつつあります。関係人口を入り口に、一部の方には移住していただければありがたいと思いますが、そう簡単に地方に移住・永住はできないとしても、都会にいながらも農村のファンとして応援することはできると思います。そのよう方をいかに増やしていくか、国として取り組んでいくべきだと思います。
令和2年春に強化された新しい農村政策は、「しごと・くらし・活力」の3本柱を掲げ、産業政策と地域政策のバランスを重視しています。特に「しごとづくり」を重点とし、地域資源を活かして働く場を提供し、持続的な低密度社会を目指しています。同時に、「くらしづくり」や農村型地域運営組織の支援を通じて、地域への人の流れを促進し、農村での活動や移住・定住を奨励しています。
◆「新しい」農村政策
現在の食料・農業・農村基本法の見直しに先んじて、令和2年の春に農村政策に更に力を入れていくことを打ち出しました。農業を産業として強くして稼げる・儲かる農業を実現していく産業政策と、経済的な観点から離れ農村や農業の持つ多面的機能、地域としての可能性に焦点を当てた地域政策、これらは車の両輪であり、どちらも重要です。しかし、近年、農水省の政策は農協改革や、輸出に力をいれてきたことで「産業政策に偏っていて地域政策が弱いのでは」という批判をいただいていました。そこで、地域政策としての農村政策に今一度力を入れるという目標のもと、その3本柱として「しごと・くらし・活力」を強化していく方針を打ち出しています。
農村政策は、地域の魅力を高めることを応援する政策であり、そういう意味では産業としての農業にはこれまで焦点を当てていませんでした。ただ、農村の活性化には人の訪問、移住・定住が不可欠で、そのためには働く場があるかどうかが重要です。農業だけでなく地域全体の様々な資源を活用し、産業政策の要素を一部入れた「しごとづくり」こそ、農村政策にとっても核になるということで、それを第一に掲げたのがこの「新しい」農村政策です。それを具体的に展開するための有識者検討会を立ち上げ、約2年かけてとりまとめた提言文書には、「地方への人のながれを加速化させ持続的低密度社会を実現するために新しい農村政策を展開していこう」とあります。持続的低密度社会とは、人が少なくても農村には様々な資源と豊かさがあり、また農村の取り組みが都市に影響しているそういう意味では低密度であっても持続的であることが国土全体にとってプラスになるということを表しています。「しごとづくり」と並び、生活環境の改善に取り組む「くらしづくり」、そして農村の土地を最適に生かしていくことなど、多様な人材の力を活用しながら取り組んでいこうとしています。
関係人口の拡大を図るため、まずは農村に関心がないような方にも農村を知って、触れて、感じてもらう、そして少し進化させて農業ボランティアへの参加やICTを活用し農村地域で仕事してみようと能動的にかかわってもらう、さらに最終的には移住・定住へとつながってもらう、という世界を目指し、農村でいきいきと暮らし働けるように国としても取り組んでいきたいと思います。「くらし」の部分では今、農村RMO(地域運営組織)に力を入れています。地域運営組織自体は、総務省のかねてからの取り組みで、集落単位で自治会や婦人会など地域の組織がまとまり非営利的に地域の生活を支える活動をする組織です。我が省としてそれに農村型という名称をつけ、農村集落における地域運営組織づくりを支援するようになりました。農村型というのは取組の中に必ず少し農業関係を入れるという趣旨で、特に一番イメージしやすいところだと田んぼや畑の周りの草刈りや水路の泥上げなど、集落のみんなで週末に集まって行うような協働の作業です。その担い手も今非常に減ってきているため、農村RMOが担っていくような仕組みが必要であると考えており、補助金による支援をスタートさせたところです。
厚生労働省や文部科学省と協力し、昨年10月に設立された農福連携推進室は、障がい者の社会参画と多様な人材の農業参加を促進。中山間地域の農地保全に焦点を置き、観光農園や養蜂などの新しい取り組みを支援。また、棚田振興も進め、地域企業やNPO、学校をオフィシャルサポーターとして登録し、棚田の保全に協力している。
◆農福連携と中山間地域振興
農福連携には障がい者の方の社会参画にもつながると同時に、多様な人材に活躍していただくということは農業にとっても大きなメリットがあります。昨年の10月に農福連携推進室を作り厚生労働省や文部科学省等と連携しています。
また、特に中山間地域と言われる条件が悪い農地で今後、後継者も管理者もいない、そういう中で今ある農地全部で農業生産し続けるのは大変難しいと思います。ただ、食料安全保障を考えれば、農地として保全しておいてもらいたいのです。このため、例えば景観作物を植えて観光農園として活用したり、蜜源作物を植えて養蜂に取り組んだり、今までと違う形で農地保全を行う取組を後押ししています。最終的には、植林をして林地化してしまうことも選択肢としてあると思います。そういったことを地域の皆さんで真剣に話し合いをして、考えていただける場合に、必要な経費を支援しています。実際にはなかなか地域の話し合いは簡単に進まないこともありますが、これから人口がさらに減少していく中、少しでも人がいるうちにそういった方向に取り組んでもらいたいと思っています。
棚田振興についてもご紹介します。全国の棚田の中で、景観がよくきちんと保全されている地域を昨年、「つなぐ棚田遺産」として271地区認定しました。地元の農家さんはもちろんですが、地域全体で非常に色々なサポートをしていただいています。特に地元の企業が草刈りや田植え、稲刈りに参加していただいたり様々なサポートをしてくださっているので、そういった企業に、省として感謝状をお渡し表彰したり、企業やNPO、学校など棚田を継続的に応援してくださる方をオフィシャルサポーターとして登録する、こういった側面的な取り組みもしているところです。
農山漁村発イノベーションを推進し、農泊を中心とした観光振興を行う取り組み。全国600地域が補助金を利用し推進。政府は令和7年度までに農泊地域の宿泊者数を700万人まで増やす目標を掲げているが、一部地域では将来へのサポートが課題。
◆農山漁村発イノベーション
「しごとづくり」の柱として農山漁村発イノベーションを推進しています。いわゆる六次産業化とは農産物の食品加工が中心ですが、それだけでなく、地域の美しい景観や、歴史のあるお祭りなど、多様な地域資源を農業者だけではなく、他産業の企業など幅広い主体と連携をしながら、付加価値の創出を図る取り組みです。
その一類型として、「農泊」を推進しています。農家民宿=農家さんのおうちに泊まるだけでなく、地域のホテルや古民家を改修した宿泊施設などに滞在して、地元食材の食事あるいは農業体験をして、農村をまるごと楽しんでもらえるような滞在型旅行です。関係人口づくりにもつながることから、農山漁村発イノベーションの一つとして支援しています。
これまで全国で約600地域が農水省の補助金を使用し農泊を推進してきました。コロナの影響で厳しい状況に陥っている地域も一部ありますが、今年から政府全体で観光振興もギアを入れなおし、この6月に「農泊推進実行計画」を改めて作り、目標として農泊地域の宿泊者数を令和7年度までに700万人まで伸ばすとか、そのうちインバウンドの割合も10%を目指すなどを掲げています。
人口が少なくても、地元自治体や民間の方が前向きに補助金の制度などを上手く活用し関係人口づくりに成功している地域も多くありますが、一方で、将来を考えられていない地域もあり、そこのサポートが課題です。
国は地域創生において、地域が自身に適した施策を選択し、未来の子供たちに使命感を持ち、人口減少が進む農村において新たな未来を考えるアイデアやヒントを求めています。
◆これからの地方創生と行政のありかた
地方創生・地域創生の主役はあくまで地方・地域です。国としては、多様な施策の選択肢を示したうえで、地域には、自分たちに合った施策をうまく取捨選択をし、前向きに取り組んでいただく。これがあるべき姿と思いながら、まだ国として足りないところは何か、と日々考えています。
農林水産省の「ビジョンステートメント」があります。私が入省した約15年前につくられました。当時の若手職員がチームで議論してつくったと記憶しています。
文章自体はとてもシンプルですが、「未来の子供たちに継承していくことを使命とする」というのは非常に重要な一文だと思います。政策を検討する際、“今”の課題解決が先にきがちですが、それが未来の世代にとって本当にプラスになるかどうかということも、強く意識しなければならないと思っています。
農村に関しては、人口減少が不可避な中で、どのような未来を描くのか、重たい課題ですが、考えていかなければと思っています。ぜひ皆さんから、もっとこうしたほうがいいのではないか、こんなことができるのではないかというアイデア・ヒントをいただけたら幸いです。
ご清聴ありがとうございました。